帰依三宝(3)

(きえ さんぼう)

 「住持(ジュウジ)の三宝。
形像
(ギョウゾウ)塔廟(トウビョウ)は仏の宝。
黄紙
(オウシ)朱軸(シュジク)の所伝は法の宝。
剃髪
(テイハツ)染衣(センネ)戒法の儀相(ギソウ)は僧の宝。

この三宝には次の四種類がある。

 「住持の三宝(釈尊の教えを受けつぎ、後世に守り伝えている三宝)。
仏像や仏塔は仏陀の宝であり、
伝えられた黄紙 朱軸の経巻は仏法の宝であり、
剃髪して袈裟を着け、戒法を受けた出家者は僧団の宝である。

  化儀(ケギ)の三宝。
釈迦牟尼世尊
(シャカムニ セソン)は仏の宝。
所転の法輪、流布
(ルフ)の聖教(ショウギョウ)は法の宝。
阿若憍陳如
(アニャキョウジンニョ)等の五人は僧の宝。

  化儀の三宝(釈尊が人々を教化された三宝)。
釈尊は仏陀の宝であり、
釈尊の説法による流布の聖教は仏法の宝であり、
アニャキョウジンニョ等の五人の比丘を始めとする釈尊の出家の弟子たちは僧団の宝である。

  理体の三宝。
五分法身
(ゴブン ホッシン)を名づけて仏の宝と為す。
滅理 無為を名づけて法の宝と為す。
無学を学ぶ功徳
(クドク)を名づけて僧の宝と為す。

  理体の三宝(真如の法身を体とする三宝)。
仏戒を保つ身、禅定を修する身、仏の智慧を証する身、煩悩を解脱した身、解脱を知見する身の五つを仏陀の宝と呼び、
寂滅の真理による無為(因果を離れた不変の真実)を仏法の宝と呼び、
煩悩を断ちつくして、更に学ぶべきものが無い悟りを学ぶ功徳を僧団の宝と呼ぶ。

  一体の三宝。
証理
(ショウリ)大覚(ダイガク)を名づけて仏の宝と為す。
清浄
(ショウジョウ)離染(リセン)を名づけて法の宝と為す。
至理和合
(シリ ワゴウ)、無擁無滞(ムヨウ ムタイ)を名づけて僧の宝と為す。」

  一体の三宝(三宝の一々の本体が同体である三宝)。
寂滅の真理を証する大いなる悟りを仏陀の宝と呼び、
清浄にして煩悩を離れていることを仏法の宝と呼ぶ。
寂滅の真理に達して和合し、蓄えることなく滞ることなきを僧団の宝と呼ぶ。」

  かくのごとくの三宝に帰依したてまつるなり。もし薄福少徳の衆生(シュジョウ)は、三宝の名字(ミョウジ)なほききたてまつらざるなり。いかにいはんや帰依したてまつることをえんや。

  このような三宝に帰依し奉るのです。もし福うすく徳の少ない人間であれば、この三宝の名称すら聞き奉ることがないのです。まして帰依し奉ることなど出来ましょうか。

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